
昨日、ヨーガ・ニケタン関西支部にて行われた瞑想会に行きました。
9時から17時までという長時間です。
タイの高僧アーチャン・光男・カウェーサコー師は、岩手県出身の方で、23歳の時にタイの高僧として知られる森林派仏教長老アーチャン・チャー大師に弟子入りし、現在にいたり、さまざまな活動をされています。
アーチャン(タイ語)は、お坊さんに対しての敬称として使われるそうです。
瞑想とは?
ご講話と瞑想法の指導が続きました。
「アーナーパーナサティ瞑想法」
アーナとは、出る息のこと。
アパーナとは、入る息のこと。
サティとは、よく気をつけること。
呼吸の観察というシンプルな方法です。
しかし、これこそが瞑想だと感じました。
無になるとか、悟るとか、そんな難しいことを誰もができるわけありません。けれども、静かに瞑想することというのは全ての人に、確実に必要なことだと思います。その本質を知ることができました。
「呼吸」
これほど大切なことはありません。
自分自身の呼吸を感じることは、生きているということや、自分の今のこころの状態を知ることです。
「瞑想」
それは、こころのゴミを知り、捨てることではないかと思います。
体の表面の汚れ・ゴミは、お風呂に入ったり、洗ったりして、きれいにすることができます。
体の中の汚れ・ゴミは、排尿、排便で取り除かれ、トイレという偉大な場所が受け取ってくれます。
暮らす環境のゴミは、掃除、捨てるなど、きれいにすることができます。
こころのゴミは、どうしたらいいのでしょうか。。。
ゴミとは、嫌な感情・怒り・妬み・嫉妬・恨み・不安・不満などなど。たまる一方で、どこに捨てたらいいのでしょうか。
瞑想は、そのいらない感情に気づき、整理して、できるだけ捨てる。手放す。客観視する。そのために必要だと感じます。
息を深く深く吸い込んで、ゆっくり長く長く吐き出す。
それは、本当の幸せを感じる一番の近道に違いありません。。。
貴重なお話を本当にありがとうございました。
合掌
私もお仕事が無ければ、先生と一緒に行きたかったです! ヨガとのコラボなんて・・ますます素敵です♪♪♪