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Calm Oneself  自分自身が穏やかになること。 そんな思いで、京都・宇治・城陽でいろんなヨガ教室を主宰しています。 自分に気づくヨガとの出会い。 ヨガは生きることそのものです。 そして、 我が家の猫たちが、一番の私のヨガの師匠。  猫の話も少しだけ。
2018年12月03日 (月) | 編集 |
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ヨーガを学ぶ会

叡智の源泉ーウパニシャッド

金菱先生と出会い、少しずつ、ヨーガ聖典の学びを深めています。
ご縁というか、出会いがすべてだなぁとまた痛感するのです。

ヨーガ・ニケタンの研修会でも、聖典の学びは必ずあります。
ネットを使っての聖典配信もあります。

ヨーガを続ける上で、聖典の学びは不可欠だと思いますが、なかなか手ごわいし、知識ということにふと疑問をもったりしながら、今まできました。

この連続講座、6回なんですが、4回しか受講できませんでした。
本当に残念でもったいないことをしたなと思います。
これもまたご縁で、必要な時に、与えられることだろうと思っています。

金菱先生の講義はがとても好きです。
もちろん、頭もいいし、大学院まで専門にインド哲学を研究されている知識の深さから講義が楽しいのですが、さらに今もその学びを欠かすことなく、ヨーガを実践されているのが素晴らしいと思います。

頭でただ考え研究されているのではなく、日々実践されている方の教えは深いです。


ウパニシャッドは、難解で、日本語訳さえ、いったい何を言っているのか、さっぱりわからないという所だらけで、読んでいて楽しいと思ったことがありませんでした。
こんなに読書が好きなのに。。。

宇宙のいろんな存在を例える表現が多く、詩を書くような言葉遊びなんじゃないか?と思ったこともあります。

それが、案外的外れではなかったんです。

ウパニシャッドには、その文体に構造があったのです。
AはBである。
と繰り返すような文体。

昨日の最終回を経て、大きな学びを得ました。

私と金菱先生では、頭のできも知識の量も天と地以上の計り知れない開きがあるのですが、あぁ、同じ考えだ!と思うことがよくあるのです。

ヨーガに対する考えや方向性、
ヨーガ聖典の知識に対する見解。

「知」というもの。

ヨーガや聖典や生きることに関しての「知」とは、決して、知識、暗記、受験勉強で勝者となるようなものではないということ。

漢字で表すと「智慧」になるのかもしれませんが、それもしっくりとはいきません。


「わかっている」人。
ということでしょうか。。。

もちろん、知識を学ぶことは重要です。
しかしながら、最高の知識があっても、わかっていない人もあります。
その反対に、
知識をつける学び、勉強をしていなくても、すでにそのことをわかっている人がいるのです。

ヨガをするうえでも、そのことはよく思います。

ヨガをしたことが無い人でも、ヨガの教えの真髄を生き方の中で、すでに実践してる人がいるのとは逆に、ヨガを何十年続けてても、自分・我に捉われ続ける人もいることでしょう。

金菱先生の最後に話されたお話から、そんなことを思いまいした。

すべて、私の個人的意見です。

だからこそ、さらに謙虚な気持ちになって、学びを続けるしかありません。


本当にありがとうございました。


合掌

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